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大阪地方裁判所 昭和39年(行ウ)105号 判決 1967年1月21日

原告 有限会社高津薬局

被告 南税務署長

訴訟代理人 氏原瑞穂 外四名

主文

被告が昭和三八年五月二九日付で原告会社の昭和三六年六月一日より同三七年五月三一日までの事業年度分の法人税につき、その所得金額を金三一、八四六、二三二円としてなした更正決定のうち、所得金額金二、五八〇、二五九円を超える部分はこれを取消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、原告会社が薬品の販売を目的とする有限会社で、青色申告書を提出することができる法人であること、同会社が昭和三七年七月三一日、本件事業年度の法人税につき被告に対し所得金額を金一、〇九二、九五九円として青色申告書により確定申告したところ、被告が同三八年五月二九日付をもつて右所得金額を金三八、二六〇、九六八円とする更正決定をなしたこと、そこで原告より、国税通則法七九条二項二号に則り、被告に対して異議の申立てをすることなく、同三八年六月二六日大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、同国税局長が翌三九年九月九日、原処分を一部取消して右所得金額を金三一、八四六、二三二円とし、その余の審査請求を棄却する旨の議決をなしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、しかるところ原告は、右更正決定は違法であると主張するので、以下その主張する違法事由について順次判断することとする。

(一)  原告は、右更正にかかる更正通知書には、更正の理由がなんら具体的に附記されていないと主張するので、まずこの点について考えるに、青色申告書を提出することができる法人の青色申告書を提出した事業年度分について、税務署長がその課税標準の更正をなす場合においては、更正通知書にその理由を附記しなければならず(昭和四〇年法三四号による改正前の法人税法三二条)、しかも右更正の理由は、納税者をしてどのような理由によつて更正決定を受けたかを知らしめることによつて、これに対する不服申立をなすべきかどうか、また、いかなる点をとらえて不服申立をなすべきかを明確ならしめうるものでなければならず、したがつて、その記載は右の目的を達するのに必要な程度に具体的であることを要すると解すべきところ、<証拠省略>によると、本件更正通知書には更正の理由として、「所得金額加算。一、仮払金(代表者玉田チヨ)金三七、一六八、〇〇九円、川上土地(株)に譲渡した代金、玉田チヨ名儀及び野尻幸一名儀にかかる代価総額四一、九九七、七五〇円のうち三七、一六八、〇〇九円は法人計算に算入すべきものと認められるから加算する。残額について次期年度に於て検討すべきものと認められる。」との記載がなされていることが認められるのである。もつとも右の記載自体のみからは、川上土地株式会社に対する譲渡代金のうち法人計算に算入すべきものとされている金額がどのような根拠にもとづくものか、さらにはその金額を法人計算に算入すべきものとする具体的根拠は何かを窺い知ることは容易でないけれども、これによつて少なくとも、川上土地株式会社に譲渡した資産が玉田チヨおよび野尻幸一個人のものではなくして原告会社に帰属していたものであり、したがつてその譲渡益が原告会社の所得金額に加算すべきものと認められた結果、右のごとき更正決定がなされたものであることを認識することは原告会社にとつてさして困難なことではないと認められるから、右理由の記載は、前記目的を達するのに必要な程度に具体的になされたものというべきであり、したがつて、この点において本件更正決定を違法とすることはできないといわざるをえない。

(二)  そこで次に、本件更正にかかる所得金額が、原告会社の本件事業年度分の所得を過大に認定してなされたものかどうかの点について検討する。

(1)  原告会社の本件事業年度における薬品の販売等による所得金額が金一、〇九二、九五九円であることは当事者間に争いがない。

(2)  (イ) 昭和三六年六月二三日および同月二七日の二日にわたり、本件建物とその敷地の賃借権が、別紙目録記載の建物と一括して代金四一、九九七、七五〇円(ただし、現金二〇、七八四、一〇〇円と大阪市天王寺区東高津南之町三七番の一および同町三四番の五の宅地二筆《その評価額二一、二一三、六五〇円》)で訴外川上土地株式会社へ譲渡されたこと、本件土地が訴外今井いと(その後今井忠直に承継)の所有地であつて、昭和二〇年八月頃より玉田チヨにおいてこれを賃借し、その地上に本件建物を建築して所有し薬局を経営していたこと、昭和二三年一〇月一七日チヨが同薬局の個人経営を廃止して原告会社を設立したことはいずれも当事者間に争いがない。

(ロ) しかして被告は、原告会社設立の際、玉田チヨは本件建物の所有権とその敷地である本件土地の賃借権とを同会社に現物出資したものであつで爾後右建物と賃借権とは原告会社に帰属するにいたつたものであるから、これを前記会社に譲渡した代金は原告会社の収入すべき金額であると主張し、原告は、右現物出資の事実を争うので、以下、この点について判断する。<証拠省略>を総合すると、玉田チヨが原告会社の設立に際して、出資口数三、〇〇〇ロの社員となるとともに、本件建物および商品七、五八〇点(その出資口数二、九六九口)を現物出資した事実はこれを認めるに十分である。もつとも、成立に争いのない甲第一、二号証によると、原告会社の設立後である昭和二九年当時においても、家屋課税台帖上本件家屋の所有者は玉田チヨである旨記載され、同建物に対する固定資産税の課税標準たる価格の決定通知書もチヨ宛に送付されてきていたことが認められるけれども、右現物出資による所有権の移転につき登記を経由しない以上、家屋台帖上権利変動に関する事項が登録されるにいたらないことは当然のことであるから(旧家屋台帖法三八条。なお、本件建物は未登記建物である。)、右のごとき事実が認められるからといつて前記認定が妨げられるものではなく、しかも他に右認定を左右するにたりる証拠は存しないのである(原告会社代表者の供述も、必ずしも右認定に反する趣旨のものとは認められない)そうだとすると、爾後、本件家屋の所有権は原告会社に帰属することとなつたものであり、したがつて、これを前記訴外会社に譲渡した代金は原告会社の収入すべき金額に算入さるべきものといわなければならない。

(ハ) しかるところ被告は、本件建物が原告会社に現物出資されたものである以上、その敷地である本件土地の賃借権もまた同時に、当然に玉田チヨより原告会社に現物出資されたものであると主張する。なるほど、建物は敷地利用権を伴つてはじめてその経済的効用を全うしうるものであり、その意味において敷地利用権は建物所有権と一体となつて一つの財産的価値を形成しているものといわなければならないから、借地上の建物が任意譲渡された場合には当該建物の敷地に対する利用権につき明示の契約が存しないときでも、特段の事情のない限り、これに付随して右敷地利用権の供与についても合意があつたものと推認すべきは当然であろう。しかし、その場合の敷地利用権供与の方法が賃借権の譲渡によつて行われるか、それとも転貸によつて行われるかはもつぱら当事者の意思に委ねられているのであつて(ただし、建物の所有権の移転が任意譲渡によつてではなくて、借地上建物に設定された抵当権の実行によつてなされた場合には事情は異なる。最高裁判所昭和四〇年五月四日第三小法廷判決民集第一九巻四号八一一頁参照)、したがつて、借地上建物の任意譲渡がなされたからといつて、それだけで直ちに敷地賃借権も同時に譲渡されたものということはできず、現になされた敷地利用権の供与が右のうちいずれの方法によつてなされ、またその敷地利用権の性格、内容がどのようなものであるかは、結局は、当該具体的事案における建物譲渡人と譲受人との間の明示もしくは黙示の合意の解釈によつて決定さるべきものといわなければならない(最高裁判所昭和四一年一月二〇日第一小法廷判決、民集二〇巻一号二二頁参照)。

ところで、敷地利用権供与のために賃借権の譲渡がなされたか、それとも転貸がなされたかは、要するに、賃借人が賃貸借関係から離脱し、従来の賃貸借関係を敷地賃貸人と建物譲受人との間に移行させる趣旨で利用権を供与したか、それとも賃借人が賃借人たる地位を界保したまま建物譲受人に建物敷地を使用させる趣旨で利用権を設定したかによつて定まるものであるか、いまこれを本件について考えてみるに、<証拠省略>および前記争いのない事実に弁論の全趣旨をあわせ総合すると、次の各事実を認めることができる。すなわち、(い)、玉田チヨは昭和二〇年八月頃、かねて近隣に居住して顔見知りの間柄にあつた今井いとから本件土地(ただし、当初は約一、〇坪)を賃借するとともに、同年一〇月頃、大阪市より払い下げを受けた廃材を用いて同所に簡易建物(これをその後に増改築したものが本件建物)を建築し、野尻幸一(その後チヨの娘婿となる)とともに高津薬局の名称の下に薬局を経営するようになつた、(ろ)、その後、昭和二三年一〇月一七日にいたつて、主として税金対策上の考慮から、右薬局の個人経営を廃止して原告会社を設立し、右野尻が代表取締役に、玉田チヨが坂締役に就任したが、同会社経営の実態は従前のチヨの個人経営と全く異なるところはなく、両者は実質上同一のものとみられる状況にあつた、(は)、しかして右会社設立の際に、前記認定のとおり本件建物が現物出資され、その旨同会社の定款<証拠省略>に記載されるとともに、その後の各決算期における同会社の決算報告書中に、これが同会社の資産として計上されるにいたつたが、その敷地の賃借権については、定款にはもちろん、各決算期の決算報告書にも、これが原告会社の資産である旨の記載は全くなされていない、(に)、また、本件土地の賃料は、本件建物が原告会社へ現物出資された後も、引続き玉田チヨ名儀で地主に支払われ、原告会社名儀で賃料の支払がなされたことは一度もなかつた、(ほ)、さらに、玉田チヨと地主今井いととの関係、原告会社設立の経緯とその経営の実態などから考えて、本件土地を原告会社に使用させることによつて、玉田チヨが賃貸借関係から離脱することを特に地主に秘匿しなければならないような事情はなんら存在しない、以上の各事実が認められるのである。このような事実からすれば、チヨが、今井との間の従来の賃貸借関係から離脱し、これを原告会社と今井との間に移行させる趣旨で本件土地の利用権を原告会社に供与したものと認定することは困難であるといわざるをえないのであつて、むしろ、チヨとしては、本件土地の賃借人たる地位を留保したまま原告会社に本件土地を使用させる趣旨で利用権を設定したものとみるのが相当であるといわなければならない。もつとも、前記各決算報告書によると、原告会社が年々本件土地の賃料の平均約六割(全額の年もある)に相当する金員を借地料として支出した旨の記載がなされているけれども、このことは、右利用権の設定が有償であること、すなわち転貸借であることを示すにとどまり、なんら賃借権の譲渡がなされたことを裏付けるものではなく、また、<証拠省略>によると、建築費用約三万円にすぎない本件建物が現物出資の際に金一〇万円と評価されていることが認められるけれども、昭和二〇年一〇月頃に金三万円で建築された本件建物が、昭和二三年一〇月現物出資の際に金一〇万円と評価されているからといつて、それだけで右建物の評価が敷地賃借権を含めた評価であるとみることができないことは、当時の経済事情から考えても当然のことであるといわなければならない。そうだとすると、川上土地株式会社に譲渡された資産のうち本件土地の賃借権が原告会社に帰属していたとの点については、結局、これを認めるに足りる証拠がないというよりほかはないのである。

(二) かような次第で、川上土地株式会社に譲渡した前記資産のうち本件建物の譲渡代金は原告会社の収入すべき金額であるが、本件敷地の賃借権の譲渡代金は同会社の収入金額に算入すべきものとは認められないというべきところ、証人竹下雅彦の証言および成立に争いのない第七号証によると、右建物自体の価格は坪当り金五万円、したがつて、五万円に同建物の床面積である一三・二二(坪)を乗じた金六六一、〇〇〇円であること、本件土地に対する土地区画整理事業の施行に伴い本件建物について支払われた移転補償金の額は合計金八二六、三〇〇円であることがそれぞれ認められるので(玉田チヨおよび原告会社宛に支払われているが、法律上は原告会社に支払わるべきものである)、本件建物の譲渡代金は、建物自体の価額と移転補償金相当額との合計額金一、四八七、三〇〇円であると認定するのが相当である。

(3)  すると、原告会社の本件事業年度の所得金額は、前記薬品の販売等による所得金額金一、〇九二、九五九円と右建物の譲渡益一、四八七、三〇〇円との合計額金二、五八〇、二五九円であるといわなければならない。

三、以上のとおりであるとすると、被告のなした本件更正決定のうち、所得金額二、五八〇、二五九円を超える部分は違法であるから、右決定の取消しを求める原告の本訴請求はその限度において正当としてこれを認容することとし、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 藤原弘道 福井厚士)

目録<省略>

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